どうかして、自分がどんなにありがたく思っているか見せたいと思った。
わたしは楽器《がっき》を手に取って、船のへさきのほうへ行って、静《しず》かにひき始《はじ》めた。
貴婦人《きふじん》はふとくちびるに小さな銀《ぎん》の呼子《よぶこ》ぶえを当てて、するどい音《ね》を出した。
わたしはなぜ貴婦人がふえをふいたのであろうと思って、ちょいと音楽をやめた。それはわたしのひき方が悪いからであったか、それともやめろという合図であったか。
自分の身の回りに起こるどんな小さなことも見のがさないアーサは、わたしの不安心《ふあんしん》らしい様子を見つけた。
「お母さまは馬を行かせるために、ふえをふいたんだよ」とかれは言った。
まったくそのとおりであった。馬に引かれた小舟《こぶね》は、そろそろと岸《きし》をはなれて、堀割《ほりわり》の静《しず》かな波を切ってすべって行った。両側《りょうがわ》には木があった。後ろにはしずんで行く夕日のななめな光線が落ちた。
「ひきたまえな」とアーサが言った。
頭をちょっと動かしてかれは母親にそばに来いという合図をした。かれは母親の手を取って、しっかりにぎった。わたし
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