慨《ふんがい》と威圧《いあつ》の表情《ひょうじょう》がうかべていた。その顔つきを見ただけで巡査を地の下にもぐりこませるにはじゅうぶんであった。
 けれどもかれはどうして、そんなことはしなかった。かれは両うでを広げて親方ののど首をつかまえて、乱暴《らんぼう》に前へおし出した。
 ヴィタリス親方はよろよろとしてたおれかけたが、す早く立ち直って、平手で巡査のうで首を打った。
 親方はがんじょうな人ではあったが、なんといっても老人《ろうじん》であった。巡査《じゅんさ》のほうは年も若いし、もっとがんじょうであった。このけんかがどうなるか、長くは取っ組めまいと、わたしははらはらしていた。
 けれども取っ組むまでにはならなかった。
「あなたはどうしようというのです」
「わたしといっしょに来い」と巡査《じゅんさ》は言った。「拘引《こういん》するのだ」
「なぜあの子を打ったのです」と親方は質問《しつもん》した。
「よけいなことを言うな。ついて来い」
 親方は返事をしないで、わたしのほうをふり向いた。
「宿屋《やどや》へ帰っておいで」とかれは言った。「犬といっしょに待っておいで。あとで口上《こうじょう》で
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