――これはキュブザックの橋で、川はドルドーニュ川であった。
 あれた町が一つ、そこには古いおほりもあり、岩屋もあり、塔《とう》もあった。修道院《しゅうどういん》のあれたへいの中には、せみが雑木《ぞうき》の中で、そこここに止まって鳴いていた――これはセンテミリオン寺であった。
 けれどそれもこれもみんなわたしの記憶《きおく》の中でこんがらがって、ぼやけてしまっているが、そののちほどなく、ひじょうに強い印象《いんしょう》をあたえた景色《けしき》が現《あらわ》れた。それは今日でもありありと、全体のうきぼりがさながら目の前に現れるくらいあざやかであった。
 わたしたちはあるごくびんぼうな村に一夜を明かして、あくる日夜の明けないうちから出発した。長いあいだわたしたちは、ほこりっぽい道を歩いて来て、両側《りょうがわ》にはしじゅうぶどう畑ばかりを見て来たのが、ふと、それはあたかも目をさえぎっていた窓かけがぱらりと落ちたように、眼界《がんかい》が自由に開けた。
 大きな川が一つ、わたしたちのそのとき行き着いた丘《おか》のぐるりをゆるやかに流れていた。この川のはるか向こうに不規則《ふきそく》にゆがんだ地
前へ 次へ
全320ページ中110ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング