足を止める値打《ねう》ちもないので、かまわずずんずん進んで行く。
 一つの町に五、六日も続《つづ》けて滞留《たいりゅう》いているようなときには、カピがついていさえすれば、親方はわたしを一人手放して外へ出してくれた。親方はつまりわたしをカピに預《あず》けたのである。
「おまえは同じ年ごろの子どもがたいがい学校に行っている時代に、ひょんなことからフランスの国じゅうを歩く回り合わせになっているのだ」と親方はあるときわたしに言った。「だから学校へ行く代わりに、自分で目を開いて、よくものを見て覚《おぼ》えるのだ。見てわからないものがあったら、かまわずにわたしに質問《しつもん》するがいい。わたしだってなんでも知っているわけではないが、一とおりおまえの知りたい心を満足《まんぞく》させるだけのことはできるだろう。わたしもいまのような人間でばかりはなかった。かなりむかしはいろいろほかの気のきいたことも知っていた」
「どんなことを」
「それはまたいつか話そうよ。ただまあ、むかしから犬やさるの見世物師《みせものし》でもなかったことだけ知ってもらえばよい。なんでも人間は心がけしだいで、いちばん低《ひく》い位置
前へ 次へ
全320ページ中105ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング