いそう気《き》の毒《どく》がって、
「いやいや、この夜更《よふ》けにそんな御苦労《ごくろう》をかけてはすみません。何《なん》ならわたしが一走《ひとはし》り行って取《と》って来《き》ましょう。」
といいますと、おばあさんは手をふって、
「どうして、とんでもない。旅《たび》の人に分《わ》かるものではない。まあまあ、何《なん》にもごちそうのない一つ家《や》のことだから、せめてたき火《び》でもごちそうのうちだと思《おも》ってもらいましょう。」
といいいい出かけて行きましたが、何《なん》と思《おも》ったのか戻《もど》って来《き》て、
「その代《か》わりお坊《ぼう》さま、しっかり頼《たの》んでおきますがね、わたしが帰《かえ》ってくるまで、あなたはそこにじっと座《すわ》っていて、どこへも動《うご》かないで下《くだ》さいよ。うっかり動《うご》いて、次《つぎ》の間《ま》をのぞいたりなんぞしてはいけませんよ。」
とくり返《かえ》し、くり返《かえ》し、念《ねん》を押《お》しました。
「どういうわけだか知《し》らないが、むろん用《よう》もないのに、人の家《うち》の中なんぞをかってにのぞいたりなんぞしませ
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