んから、安心《あんしん》して下《くだ》さい。」
 と坊《ぼう》さんもいいました。
 それでおばあさんも安心《あんしん》したらしく、そのまま出ていきました。

     二

 さておばあさんが出て行ってしまうと、坊《ぼう》さんはただ一人《ひとり》、しばらくはつくねんと炉端《ろばた》に座《すわ》ったままおばあさんの帰《かえ》りを待《ま》っていましたが、じき帰《かえ》ると思《おも》ったおばあさんはなかなか帰《かえ》って来《き》ません。何《なに》しろ西《にし》も東《ひがし》も分《わ》からない原中《はらなか》の一|軒家《けんや》に一人《ひとり》ぼっちとり残《のこ》されたのですから、心細《こころぼそ》さも心細《こころぼそ》いし、だんだん心配《しんぱい》になってきました。何《なん》でも安達《あだち》が原《はら》の黒塚《くろづか》には鬼《おに》が住《す》んでいて人を取《と》って食《く》うそうだなどという、旅《たび》の間《あいだ》にふと小耳《こみみ》にはさんだうわさを急《きゅう》に思《おも》い出《だ》すと、体中《からだじゅう》の毛穴《けあな》がぞっと一|時《じ》に立《た》つように思《おも》いました。そういえばこんな寂《さび》しい原中《はらなか》におばあさんが一人《ひとり》住《す》んでいるというのもおかしいし、さっき出がけに、妙《みょう》なことをいって度々《たびたび》念《ねん》を押《お》して行ったが、もしやこの家《うち》が鬼《おに》のすみかなのではないかしらん。いったい「見《み》るな。」といった次《つぎ》の間《ま》には何《なに》があるのか知《し》らん。こう思《おも》うと、こわさはこわいし、気《き》にはなるし、だんだんじっとして辛抱《しんぼう》していられなくなりました。それでもあれほど固《かた》く「見《み》るな。」といわれたものを見《み》ては、なおさらどんな災難《さいなん》があるかもしれません。
 坊《ぼう》さんはしばらく見《み》ようか、見《み》まいか、立《た》ったり座《すわ》ったり迷《まよ》っていましたが、おばあさんはやっぱり帰《かえ》って来《こ》ないので、とうとう思《おも》いきって、そっと立《た》って行って、次《つぎ》の間《ま》のふすまをあけました。
 すると坊《ぼう》さんは驚《おどろ》いたの、驚《おどろ》かないのではありません。あけるといっしょに中からぷんと血《ち》なまぐさいにお
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