安達が原
楠山正雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)京都《きょうと》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|日《にち》
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一
むかし、京都《きょうと》から諸国修行《しょこくしゅぎょう》に出た坊《ぼう》さんが、白河《しらかわ》の関《せき》を越《こ》えて奥州《おうしゅう》に入《はい》りました。磐城国《いわきのくに》の福島《ふくしま》に近《ちか》い安達《あだち》が原《はら》という原《はら》にかかりますと、短《みじか》い秋《あき》の日がとっぷり暮《く》れました。
坊《ぼう》さんは一|日《にち》寂《さび》しい道《みち》を歩《ある》きつづけに歩《ある》いて、おなかはすくし、のどは渇《かわ》くし、何《なに》よりも足《あし》がくたびれきって、この先《さき》歩《ある》きたくも歩《ある》かれなくなりました。どこぞに百姓家《ひゃくしょうや》でも見《み》つけ次第《しだい》、頼《たの》んで一晩《ひとばん》泊《と》めてもらおうと思《おも》いましたが、折《おり》あしく原《はら》の中にかかって、見渡《みわた》す限《かぎ》りぼうぼうと草《くさ》ばかり生《お》い茂《しげ》った秋《あき》の野末《のずえ》のけしきで、それらしい煙《けむり》の上《あ》がる家《うち》も見《み》えません。もうどうしようか、いっそ野宿《のじゅく》ときめようか、それにしてもこうおなかがすいてはやりきれない、せめて水《みず》でも飲《の》ましてくれる家《うち》はないかしらと、心細《こころぼそ》く思《おも》いつづけながら、とぼとぼ歩《ある》いて行きますと、ふと向《む》こうにちらりと明《あか》りが一つ見《み》えました。
「やれやれ、有《あ》り難《がた》い、これで助《たす》かった。」と思《おも》って、一生懸命《いっしょうけんめい》明《あか》りを目当《めあ》てにたどって行きますと、なるほど家《うち》があるにはありましたが、これはまたひどい野中《のなか》の一つ家《や》で、軒《のき》はくずれ、柱《はしら》はかたむいて、家《うち》というのも名《な》ばかりのひどいあばら家《や》でしたから、坊《ぼう》さんは二|度《ど》びっくりして、さすがにすぐとは中へ入《はい》りかねていました。
すると中では、かすかな破《やぶ》れ行灯《あんどん》の火《ほ》かげで、一人《ひとり》のおばあさんがしきり
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