いが立《た》って、人間《にんげん》の死骸《しがい》らしいものが天井《てんじょう》まで高《たか》く積《つ》み重《かさ》ねてありました。そしてくずれてどろどろになった肉《にく》が血《ち》といっしょに流《なが》れ出《だ》していました。
坊《ぼう》さんは「あっ。」といったなり、しばらく腰《こし》を抜《ぬ》かして目ばかり白黒《しろくろ》させたまま起《お》き上《あ》がることもできませんでした。そのうちふと気《き》がつくと、これこそ話《はなし》にきいた一つ家《や》の鬼《おに》だ、ぐずぐずしているととんでもないことになると思《おも》って、あわててわらじのひもを結《むす》ぶひまもなく逃《に》げ出《だ》そうとしました。けれども今《いま》にもうしろから鬼婆《おにばばあ》に襟首《えりくび》をつかまれそうな気《き》がして、気《き》ばかりわくわくして、腰《こし》がわなわなふるえるので、足《あし》が一向《いっこう》に進《すす》みません。それでもころんだり、起《お》きたり、めくらめっぽうに原《はら》の中を駆《か》け出《だ》して行きますと、ものの五六|町《ちょう》も行かないうちに、暗《くら》やみの中で、
「おうい、おうい。」
と呼《よ》ぶ声《こえ》がしました。
その声《こえ》を聞《き》くと、坊《ぼう》さんは、さてこそ鬼婆《おにばばあ》が追《お》っかけて来《き》たとがたがたふるえながら、耳《みみ》をふさいでどんどん駆《か》け出《だ》して行きました。そして心《こころ》の中で悪鬼《あくき》除《よ》けの呪文《じゅもん》を一生懸命《いっしょうけんめい》唱《とな》えていました。そのうち、
「おうい待《ま》て、おうい待《ま》て。」
と呼《よ》ぶ鬼婆《おにばばあ》の声《こえ》がずんずん近《ちか》くなって、やがておこった声《こえ》で、
「やい、坊主《ぼうず》め、あれほど見《み》るなといった部屋《へや》をなぜ見《み》たのだ。逃《に》げたって逃《に》がしはしないぞ。」
というのが、手《て》にとるように聞《き》こえるので、坊《ぼう》さんはもういよいよ絶体絶命《ぜったいぜつめい》とかくごをきめて、一心《いっしん》にお経《きょう》を唱《とな》えながら、走《はし》れるだけ走《はし》って行きました。
すると、お経《きょう》の功徳《くどく》でしょうか、もうそろそろ夜《よ》が明《あ》けかかってきたので、鬼《おに》もこわくな
前へ
次へ
全6ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング