―』
 鷺太郎は、冗談だと思っても、あまりいい気持はしなかった。
『一体、どうしてこんなことが解ったんですか』
『それはね、ゆうべ君が山鹿が釣竿を落して行った、というのを聞いたから、あれからサナトリウムの帰りがけに注意して行くと、あったよ、も少し遅かったら山鹿に拾われたかも知れないがね――で拾ってみると、君、可怪《おか》しいじゃないか、その釣竿には「針」がないんだ、それどころか針をつけた様子もない――太公望《たいこうぼう》じゃあるまいし毎晩夜釣りに行く人間が針をつけたことがないなんて想像も出来ないじゃないか。それで考えた末《すえ》、あの結論になった訳だけれど、わかってみれば子供だましみたいなもんだね――。ただ草叢と黒っぽい縞のカムフラージと、夜は低地の見きわめがつかぬ、という、それだけのことさ、――これに比べれば海岸開きの日の殺人の方がよっぽど巧妙だったよ』
『畔柳さん、トリックの巧拙《こうせつ》ということは、必ずしもその犯罪の難易に正比例するもんじゃない、ということがはじめてわかったですよ――、殊《こと》に実際の事件では』
 春生も、感慨深そうに、副院長を見上げた。そして、
『いよい
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