の夢のように美しくも目を奪うものであった。それは恰度ここ数日の間に、東北の僻村から銀座通りへ移されたような、驚ろくべき変化だった。
 あの悄々《しょうしょう》と鳴り靡《なび》いていた、人っ子一人いない海岸の雑草も、今日はあたりの空気に酔うてか、愉《たの》しげに顫《ふる》えている。無理もない、この海浜都市が、溌剌《はつらつ》たる生気の坩堝《るつぼ》の中に、放り込まれようという、今日《きょう》がその心もうきたつ海岸開きの日なのだから――。
 沖には、早打ちを仕掛けた打上げ船が、ゆたりゆたりと、光り輝く海面《うなも》に漾《ただよ》い、早くも夏に貪婪《どんらん》な河童共の頭が、見えつ隠れつ、その船のあたりに泳ぎ寄っていた。それが、恰度《ちょうど》青畳の上に撒《ま》かれた胡麻粒《ごまつぶ》のように見えた。
 鷺太郎は、雑草を分けると、近道をして海岸に下《お》り立った。
 砂は灼熱《しゃくねつ》の太陽に炒《い》られて、とても素足で踏むことも出来ぬ位。そして空気もその輻射《ふくしゃ》でむーっと暑かった。そして又ワーンと罩《こも》った若い男女の張切った躍動する肢体が、視界一杯に飛込んで来て、ここしばら
前へ 次へ
全62ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング