ら》氏の息《そく》、学友の沢村|春生《はるお》が、にこにこ笑いながら立っていた。
『や、しばらく、どうしたい』
『どうした、じゃないよ。病人がこの夜更けにどこを迂路《うろ》ついてんだ、困るね――』
『はっははは、ここは居心地がいいから居てやるんだ、僕はもう病人じゃないぞ――』
『それがいかんのさ。治ったと思って遊びすぎると、直ぐぶりかえす――、殊《こと》に夜遊びなんか穏かでないぞ』
『冗、冗談いうなよ、変に気を廻すなんて、君こそ穏かでないよ』
『ははは、まあ、入りたまえ、僕も休暇をとったんで、見舞いがてら来たんだ、東京は熱気で沸騰してるよ』
 医局へ這入《はい》ると、副院長の畔柳《くろやなぎ》博士が廊下の会話を聞いていたと見えて、にやにやと笑っていた。
『今晩は――、どうかしたんですか』
『いや、三十三号の患者が喀血《やっ》たんでね、呼ばれて来たら、春生さんがあんた[#「あんた」に傍点]を待ってた訳さ』
『ほう、もういいんですか――』
『うん、落着いたようだ、――君もあんまり無理しない方がいいよ』
『そうじゃないんですよ、弱ったなあ、――僕のは重大事件でしてね、実は、又あのZ海岸で人殺
前へ 次へ
全62ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング