――あの猛獣のような毛に覆われた胴は、なんていったらいいでしょう。それにあのくるくると巻かれた口、あの口は慥《たしか》にこの世のものではありません。あれは悪魔の口です、恐ろしい因果を捲込《まきこ》んだ口なんですよ』
そういうと、この歩き廻《まわ》って、ねとねとと汗の浮く真夏の夜だというのに、寒《さ》むそうに肩を窄《すぼ》めて、ぶるっと身顫《みぶる》いをすると、恰度《ちょうど》眼の前に来た分れみちのところで、鷺太郎から渡されたカンテラを、怖る怖る、つまむようにして受取り、「さよなら」ともいわずに、すたすたと暗《やみ》の中に消えてしまった。別れてから気がついたのだが、さっきの騒ぎで落してしまったものか、その山鹿のうしろ姿は、釣竿をかついでいなかった。
五
鷺太郎は、サナトリウムの通用口から這入《はい》って、医局の廊下を通ろうとすると、こんな夜更けだというのに、まだ電燈があかあかと点けられ、何か話しごえがしていた。
(何かあったのかな――)
と思いながら、通りすぎようとすると、後《うしろ》から、
『白藤君――』
と呼止められた。振返ると、そこには院長|沢村《さわむ
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