く、子供だましみたいな話なんですけど、僕はこの恐怖のために、どんなに苦しんだか知れません――一度はあのブルキ細工の蝶の玩具《おもちゃ》を買って来て、自分を馴らそうとしたんですけど、それでも駄目なんです。あのブルキの蝶が、極彩色のなんともいえぬ、いやな縞《しま》をもった大袈裟な羽根を、ばたばた、ばたばたと煽ると、もうどうにも我慢がならんのです。あの毒々しい色をもった鱗粉《りんぷん》というやつが、そこら一面にまき散らされるような気がしましてね。僕にとっちゃあの鱗粉という奴が、劇薬よりも恐ろしいんです。子供の時分、あの鱗粉が手についた為に、そこら一面、火ぶくれのようになって、痛みくるしんだ、苦い経験をもっていますよ。体質的にも、蝶や蛾は禁忌症《きんきしょう》なんで、それがこの強い恐怖の原因らしいんです……つまりは』
『へえ、そんなことがあるもんですかね、蛾は兎《と》も角《かく》としても、蝶々なんか実に綺麗な、可愛いいもんじゃないですか、尤《もっと》も掴《つか》めばそりゃ恰度《ちょうど》あの写し絵のように黄だの、黒だの縞《しま》が、手につきますけどね――』
『ああ、それが僕にはたまらんのです。
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