まり悪そうに、干《ひ》からびた声でぼそぼそと、弁解じみた独りごとをいい出した。
『……どうもねえ、白藤さん、どうも僕はこの蛾とか蝶とかいうのが、世の中の何よりも恐《おそ》ろしくてねえ……だれだって、そら、人にもよるけれど蛇がこわいとか、蜘蛛《くも》が怕いとか、芋虫をみると気が遠くなるとかいうけれど、僕にとって、蛾や蝶ほど怕い、恐ろしいものはないんですよ……そうでしょう。誰にだって、怕いものはあるでしょう……』
『そうですね、僕――僕にとっちゃ、まあ、悪いことを悪いと思わぬ奴が一番こわいがなァ』
山鹿は、その白藤の皮肉じみた言葉にも気づかぬように、可笑《おか》しなことには、まだ胸をどきどきと昂《たか》まらせながら、
『そうなんです。誰だって、心底から怕いものを一つは持っているんですけど、僕の場合、それが、あの蝶や蛾の類なんです。蛇や蜘蛛は、寧《むし》ろ、愛すべき小動物としか思いませんけど、これはどうも、そうはいきません、蛾――蛾――と思うと、もう不可《いけ》ないんです。斯《こ》う頭の芯がシーンと冷めたくなって、まるで瘧《おこり》のように、ぶるぶる顫《ふる》えてしまうんですからね、まった
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