けれど、この殺人事件という重大な衝動の前では、思わず口かずを重ねてしまってから、この前といい、今度といい、フト思い出したように、口を噤んでしまって、わざとらしく白い眼で見合う二人であった。
      ×
 その夜、結局わかったことは、その兇器である匕首が、あの海岸開きの賑いの中で起った殺人に、使用されたものと、同種類のもので、全国どこの刃物屋にも、ざらに見られるものだ――ということだけであった。
 それに、自殺か他殺かも判然とせぬほど、物静かな死様《しにざま》だったけれど、それは、鷺太郎の慥《たしか》に二人連れであったという証言――、それに、その匕首には一つも指紋がないということで(自殺ならば手袋を持っていない彼女の指紋が残っているわけであろうから)漸《ようや》く「他殺」と決定された程であった。
 が――、あの「白服の男」は、何処へ消えてしまったのか。
 月はなくとも、満天の星で、白服を見失うほど暗くはなかった。それに鷺太郎は、それにのみ注意していたのだから――、でも、見えなかったのは事実だ。
 その男は、殺した女の死体の中に、溶けこんでしまったかのように、消え去ったのである。
 こ
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