ば、後姿を、それも輪廓だけで、或は別人だったのかも知れない――と思いついた。
(それにしても、あの男は何処へ消えたのだろう――)
 その男が、殺人の下手人であることは、十中八九間違いはないことだけれど、どうやら山鹿と思ったのは、暗がりの見違いだったらしい。
『どちらへ……』
『夜釣りに行こうか、と思ってね――、どうしたんです。お化けでも出たんですか』
 山鹿は、例の皮肉な笑いを、浮べていた。
『お化け?――いや、それどころじゃない、人殺しですよ』
『え、人殺し――、又ですかい』
 山鹿も、あの海岸開きの日の殺人を思い出したらしい。
『そうなんで、また、綺麗な女の子ですよ』
『そいつあ大変だ、何処です、それは――』
『つい、この先の草叢なんで……』
 鷺太郎は、話ながら、あの夏草の蔭で、蛍火に浮出されている、凄い美しさを思い出した。
『兎《と》に角《かく》、警察だ――』
 山鹿は、クルッと振向くと、今来た方へ、鷺太郎と並んで釣竿をかついだ儘《まま》、すたすたと歩き出した。
 二人は、もう口を利かなかった。
 山鹿には、以前気まずい思いをして、もう二度と口をきくまいと別れた鷺太郎ではあった
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