して見たが、あたりはまるでこの世の終りのように、シーンと静もりかえって、葉ずれの音以外、なんの物音も聴えなかった。
(二人とも、何処へ行ったんだろう……)
 考えてみれば、あの二人が何処へ行こうと、お節介な話のようであったけれど、彼はなぜか胸のどきどきする不安を感じていたのである。そして、それは果して彼の危惧ではなかった。
 鷺太郎が、その小径を下の草叢にまで下りたち、もう一度、前跼《まえこご》みになって、あたりを見透かした時だった。右手の方、一間半ばかり離れて、雑草の中に、何か、時々ぼーっと浮き出る白いものが眼についた。
(おや――)
 と、我知らず早鐘《はやがね》を打ちだした胸を押えて、露っぽい草を掻《か》きわけながら、近寄ってみると、
『あっ……』
 ギクン、と立止った。
 さっきから感じていた何か知らぬ不安は、矢《や》ッ張《ぱ》り事実だったのだ。
 そこには、あの山鹿の家《うち》から追《つ》けて来た、若い女が、棄《す》てられたように、ぐったりと寝ている、いやそればかりでない、その左の胸の、こんもりとした隆起の下には、匕首《あいくち》が一本、ぐさりと突刺っているのだ。……その匕首
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