、崖の上からは、眼の下の海岸を歩く白服が、見えぬ筈《はず》はなかった。
 恋人同志らしい二人|連《づれ》の姿が、人気のない海岸の草叢の中に消えてしまった、ということに、他人の色々な臆測は、却《かえ》っておせっかい[#「おせっかい」に傍点]かも知れない、鷺太郎は一寸《ちょっと》、こんな時、誰もが感ずるであろうような、皮肉じみた笑いが片頬《かたほほ》に顫《ふる》えたが――、鷺太郎は、何とはなく、不安に似た苛立《いらだ》たしさを覚えたのだ。それは不吉な予感とでもいうのであろうか。
 到頭《とうとう》、たまり兼ねたように、大きく伸びをすると、それでも跫音《あしおと》をしのばせ乍《なが》ら、注意深く歩いて行って、さっき二人が下りたらしい崖の小径を捜して見た。
 淡い光の中で、やっと捜し当てみると、それは、小さい崖くずれで、自然に草叢《くさむら》が潰されて出来たような、ざらざらとした小径で、その周囲には腰から胸辺りにまで来る、名も知らぬ雑草が生いしげり、黒い潮風に、ざわざわと囁《ささや》き鳴っていた。
 鷺太郎は、その小径のくずれかかった中程《なかほど》で足をとめ、尚《なお》一層注意深く、耳を澄ま
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