のである。
夏の夕暮が、ゆっくりと忍び寄って来ると、海面《うなも》から立騰《たちのぼ》る水蒸気が、乳色《ちちいろ》の靄《もや》となって、色とりどりに燈《ひ》のつけられた海浜のサンマー・ハウスをうるませ、南国のような情熱――、若々しい情熱が、爽快な海風に乗って、鷺太郎の胸をさえ、ゆすぶるのであった。
最早《もはや》、茜《あかね》さえ褪《あ》せた空に、いつしか|I岬《アイみさき》も溶け込み、サンマー・ハウスの灯《ひ》を写すように、澄んだ夜空には、淡く銀河の瀬がかかる――。
鷺太郎は、日中の強烈な色彩を、敬遠するという訳でもないが、でも、まだ水泳をゆるされていないので、あの裸体の国である日盛りの浜に、浴衣がけで出かけることが面繋《おもがゆ》くも感じられ、いつか夕暮の散歩の方を、好もしく思っていた。
Sサナトリウムを囲み、森を奏でるような蜩《ひぐらし》の音《ね》を抜けて、彼は闇に白く浮いた路を歩いていた。その路は、隣りのG――町に続いていた。
鷺太郎は、歩きながらも、あの美少女の死を思い出した。それは、あまりに生々《なまなま》しい現実であったせいか、ここ数日、不図《ふと》そのことばか
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