組の少女のテントからは、二十|間《けん》ほど離れた反対側に、海水パンツ一つではあったが、その上、光線除けの眼鏡をかけてはいたが、あの、山鹿十介の皮肉に歪んだ顔を、発見したのだ。
 山鹿十介、この男については、鷺太郎は苦い経験を持っていた、というのは山鹿はまだ三十代の、一寸《ちょっと》苦味走《にがみばし》った男ではあったが、なかなかの凄腕をもっていて、ひどく豪奢《ごうしゃ》な生活をし、それに騙されて学校をでたばかりだった鷺太郎が、言葉巧みにすすめられる儘《まま》、買った別荘地がとんだインチキもので、相当あった父の遺産を半分ほども摺《す》ってしまい、そのためにひどく叔父に怒られて、自分の金でありながら、自由に出来ぬよう叔父の管理下におかれてしまったのだ。
 くやしいけれど、一枚も二枚も上手の山鹿には、法律的にもどうすることも出来なかった。結局、鷺太郎は高価《たか》い社会学の月謝を払ったようなものだった。
 ところで、今、幸い山鹿の方では気づかぬようなので、この間に帰ろうか、それとも、一言|厭味《いやみ》でもいってやろうか――と考えてみたが、とてもあの悪辣《あくらつ》な男にはかなうまい、というより、
(もう、一さいつき合うな――)
 といわれた叔父の言葉を思い出して、腰を上げた時だった。
 あの瑠美子《るみこ》を中心とした三人は、行った時のように、朗らかに笑い興じながら、馳足《かけあし》で上《あが》って来た。水に濡れて、尚ぴったりと身についた海水着からは、ハッキリと体中の線が浮び出て、一寸《ちょっと》彼の眼を欹《そばだ》たせた。
『さむいわねエ――』
『そうね、まだ水がつめたいわ』
『あら、瑠美さん、脣《くちびる》の色が悪いわよ……』
『そう、なんだか、寒気《さむけ》がするの――』
『まあ、いけないわ、よく陽にあたってよ……』
『ええ――』
 彼女は、寒むそうに肩をすぼめると、テントの裏側の、暑い砂の上に、身を投げるように、俯伏《うつぶせ》になったまま、のびのびと寝た。
 ぽとりぽとりとウエーヴされた断髪の先から、海水がしたたって、熱く焼けた白砂に、黒いしみ[#「しみ」に傍点]を残して消えた。すんなりと伸びた白蝋《はくろう》のような水着一つの美少女が、砂地に貼つけられたように寝ていると、そのむき出しにされた、日の眼も見ぬ福よかな腿のふくらみが、まだ濡れも乾かずに、ひどく艶やかに照りかがやいた。
 鷺太郎は、偸見《ぬすみみ》るようにして、経木《きょうぎ》の帽子をまぶかに被《かぶ》りゆっくりと歩いて行った。
 その少女は、熱砂《ねっさ》の上に、俯伏になっていたが、時折、両の手をぶるぶると顫《ふる》わせながら、砂をかき乱していた。その手つきは砂《すな》いたずら[#「いたずら」に傍点]にしては、甚《はなは》だ不器用なものであった。なぜなら、彼女は自分の顔に砂のとびかかるのも知らぬ気に美しい爪を逆立てて掻寄《かきよ》せていたのだ――。
 ――鷺太郎が、いや、その周りにいた沢山の人たちが、その意味を知ったならば、どんなに仰天したことだろう――。
 鷺太郎の眼を奪った美少女は、矢張り誰もの注目の的になると見えて、そのあたりに学生らしい四五人の一団と、家族らしい子供二人を連れた一組と、そして見張りの青年団員が三人ばかり、渚に上げられた釣舟に腰をかけていたが、時々見ないような視線を投げ合うのを、鷺太郎はさっきから知っていた。
 彼女の、いま寝ているところは、先程までその学生達の三段|跳《とび》競技場であったが、いまは彼女一人、のけもののように、ぺたんとその空地へ寝ているのである。
 彼女は、猶《なお》もその無意味な砂《すな》いたずら[#「いたずら」に傍点]を二三度くり返したようであったが、それにも倦《あき》たのか、顔にかかった砂を払おうともせず、ぐったりと「干物」のようにのびていた。尤《もっと》も、干物にしては、余りに艶やかに美しかったけれど――。
 恰度《ちょうど》鷺太郎が、その横まで通りかかって行った時だ。テントの中から、妹らしい少女が、熱い砂の上を、螽※[#「虫+斯」、第3水準1−91−65]《ばった》のように跳ねながらやって来て、
『お姉さま――どお、まだ寒いの?』
『…………』
『ねえ、あんまり急に照らされちゃ毒よ――』
『…………』
 それでも、彼女は返事をしなかった。
『ええ、お姉さまったら……』
 そういって、抱き起そうとした時だ。
『アッ!』
 と一声、のけぞるような、驚ろきの声を上げると、
『芳《よ》っちゃん芳っちゃん、来てよ、へんだわ、へんだわお姉さまが――』
 と、テントに残っていたお友達に叫んだ。
 鷺太郎は、その突調子もない呼声《よびごえ》に、思わず来過ぎたその少女の方を振かえって見ると、
『おやっ……』
 彼も低く呟《つ
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