ぶや》いた。
つい、先《さ》っきまで、あんなに血色のいい、明るかった美少女の顔が、いつの間にか、その顔を埋《うず》めた砂のように、鈍く蒼《あお》ざめているのだ、その上、眼は半眼にされて、白眼が不気味に光り、頬の色はすき透ったように、血の気がなかった。
(どうしたんだろう――)
一寸《ちょっと》、立止っていると、呼ばれた芳《よ》っちゃんという少女と一緒に、もうあたりの学生が、
『どうかしたんですか――』
と寄って来た。
『あっ、脈がない、死んでる――』
手を握った一人の学生が、頓狂《とんきょう》な声を上げた。
『えッ』
妹と芳っちゃんの顔が、さっと変った。
『どした、どした』
物見高い浜の群衆が、もう蟻のように蝟《あつ》まって来た。
鷺太郎も、引つけられるように、その人の群にまざって覗《のぞ》きみると、早くも馳《かけ》つけたらしいあの山鹿十介が、その脈を見ていた学生と一緒に、手馴《てな》れた様子で、抱き起していた。
『やっ、これは――』
遉《さすが》の山鹿十介も、ビックリしたような声を上げた。
『お――』
すでに、輪になった海水着の群衆も、ハッと一歩あとに引いたようだ。
その、美少女の左の胸のふくらみの下には、何時《いつ》刺されたのか、白い※[#「木+覇」、第4水準2−15−85]《つか》のついた匕首《あいくち》が一本、無気味な刃を衂《ちぬら》して突刺っているのだ。
そして、抱き起された為か、その傷口から滾《こぼ》れ出る血潮が、恰度、その深紅の水着が、海水に溶けたかのように、ぽとり、ぽとりと、垂れしたたっていた。
あたりは、ギラギラと、目も眩暈《くら》むような、明るい真夏の光線に充たされていた。そのためか、真白な四肢と、深紅の水着――、それを彩る血潮との対照が、ひどく強烈に網膜につきささるのであった。
――鷺太郎は、蹌踉《よろめ》くように、人の輪を抜けて、ほっ[#「ほっ」に傍点]と沖に目をやっていた。
あまりに生々しいそれに、眼頭《めがしら》が痛くなったのだ。
『白藤――さん、じゃありませんか』
『え』
ふりかえると、光線除けの眼鏡の中で、山鹿がにやにやと笑っていた。
『やあ――』
彼も仕方なげに、帽子の縁《へり》に手をかけながら、挨拶した。
『すっかり御無沙汰で――お体が悪かったそうですけど……』
『いや、もういいんですよ』
『そうですか、それは何よりですね』
山鹿は白々しく口をきると、
『どうも驚ろきましたね、この人の出さかる海岸開きの真ッ昼《ぴるま》だっていうのに、人殺しとはねえ――』
馴れ馴れしく話しだした。
『ほう、殺られたんですかね』
『そりゃそうでしょう。自殺するんなら、――それに若い娘ですもん、こんな人ごみの中で短刀自殺なんかするもんですか、もっと、どうせ死ぬんならロマンチックにやりますよ、全く――』
『へえ、でも、僕はさっきから見てたんですけど、誰もそばに行かなかったですよ……』
『さっき[#「さっき」に傍点]から見てられて、ね――』
山鹿は、一寸皮肉気に、口を歪《ゆが》めて笑った。これが、この男のくせ[#「くせ」に傍点]であった。
『いいや、それは……』
鷺太郎は、
(畜生――)
と思いながらも、ぽーっと耳朶《みみたぼ》の赤らむのを感じて、
『いや、それにしても……成るほど、あそこに寝るまで手に何も持っていなかったですね……匕首《あいくち》が落ちていたんじゃないかな』
『冗談でしょう。この人の盛上った海岸に、抜身の匕首が、それもたて[#「たて」に傍点]に植《うわ》っていた、というんですか、はははは、――そして、あんなに見事に、心臓をつき抜くほど、体を砂の上に投出すなんて、トテモ考えられませんね』
『そう――ですね、そういえばあそこでは学生がさっきから三段跳をやったり、転がったりしていたんだから――となると、わかんないな……』
『まったく、わからん、という点は同感です、あなた[#「あなた」に傍点]のお話しでは、あの少女は短刀を持っていなかった、そして寝てからも、誰もそばへは行かなかった――それでいて、匕首がささって殺された……』
『一寸。何も僕ばかりが注目していたわけじゃないでしょう。あんな綺麗な人だから僕よか以前からずーっと眼を離さなかった人がいるかも知れませんよ』
『なるほど、実はこの私も、注目の礼をしていたような訳でしてね、ははは……』
山鹿は、人をくったように、黄色い歯齦《はぐき》を出して笑うと、
『この先に、私の小さい別荘があるんですが、こんど是非一度ご来臨の栄を得たいもんですね』
『そうですか、じゃ、そのうち一ど……』
(どうせ、ろくな金で建てたんじゃなかろう)
と思いながら、不図《ふと》、
『ああ、山鹿さん、あの少女は匕首を投げつけられたんじゃないでし
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