の夢のように美しくも目を奪うものであった。それは恰度ここ数日の間に、東北の僻村から銀座通りへ移されたような、驚ろくべき変化だった。
あの悄々《しょうしょう》と鳴り靡《なび》いていた、人っ子一人いない海岸の雑草も、今日はあたりの空気に酔うてか、愉《たの》しげに顫《ふる》えている。無理もない、この海浜都市が、溌剌《はつらつ》たる生気の坩堝《るつぼ》の中に、放り込まれようという、今日《きょう》がその心もうきたつ海岸開きの日なのだから――。
沖には、早打ちを仕掛けた打上げ船が、ゆたりゆたりと、光り輝く海面《うなも》に漾《ただよ》い、早くも夏に貪婪《どんらん》な河童共の頭が、見えつ隠れつ、その船のあたりに泳ぎ寄っていた。それが、恰度《ちょうど》青畳の上に撒《ま》かれた胡麻粒《ごまつぶ》のように見えた。
鷺太郎は、雑草を分けると、近道をして海岸に下《お》り立った。
砂は灼熱《しゃくねつ》の太陽に炒《い》られて、とても素足で踏むことも出来ぬ位。そして空気もその輻射《ふくしゃ》でむーっと暑かった。そして又ワーンと罩《こも》った若い男女の張切った躍動する肢体が、視界一杯に飛込んで来て、ここしばらく忘れられたようなサナトリウムの生活を送っていた彼は、一瞬、その強烈な雰囲気に酔うたのか、くらくらっと目の眩暈《くら》むのを覚えたほどであった。
長い間の、うるさい着物から開放された少女たちの肢体がこんなにまで逞《たくま》しくも、のびのびとしているのか、ということは、こと新らしく鷺太郎の眼を奪った。
なんという見事な四肢であろう。まだ陽に焼けぬ、白絹《しらぎぬ》のようなクリーム色、或《あるい》は早くも小麦色に焼けたもの、それらの皮膚は、弾々《だんだん》とした健康を含んで、しなやかに伸び、羚羊《かもしか》のように躍動していた。そして又、ぴったりと身についた水着からは、滾《こぼ》れるような魅惑の線が、すべり落ちている……。
或は笑いさざめき乍《なが》ら、或は高く小手をかざしながら、ぽかんと佇立《つった》った鷺太郎の前を馳抜《かけぬ》ける時の、美少女の群の中からは、確かに磯の香ではない、甘い、仄かな、乙女のかおりが、彼の鼻腔につきささる――。
彼はもう、ただそのぴちぴちと跳ねる空気に酔ったように立っていたが、漸《ようや》くこの裸体国の中で、たった一人、浴衣に経木帽《きょうぎぼう》という自分の姿が、ひどく見窄《みすぼら》しく感じられて、肩をすぼめてその一|群《むれ》のパラソルの村を抜けると、後方に設けられた|海の店《シー・ストア》の一軒「サフラン」に這入《はい》った。
彼はデッキチェアーに靠《もた》れて、沸々《ふつふつ》とたぎるソーダ水のストローを啣《くわ》えた儘《まま》、眼は華やかな海岸に奪われていた。
――こういう時に、青年の眼というものは、えてして一つの焦点に注がれるものなのである。
御多聞《ごたぶん》にもれず、鷺太郎の眼も、いつしか一人の美少女に吸つけられていた。
勿論《もちろん》、見も知らぬ少女ではあったが、この華やかな周囲の中にあっても、彼女は、すぐ気づく程きわだって美しかった。
そのグループは深紅と、冴えた黄とのだんだら縞《じま》のテントをもった少女ばかりの三人であった。
鷺太郎の眼を奪った、その三人組の少女は、二人|姉妹《きょうだい》とそれに姉のお友達で、瑠美子《るみこ》――というのが、その姉娘の名であった。
彼は、その瑠美子にすっかり注目してしまったのである。まことに、なんと彼女を形容したらいいであろうか。その深紅の海水着が、白く柔かい肢体に、心にくいまでにしっかり[#「しっかり」に傍点]と喰込み、高らかな両の胸の膨らみから、腰をまわって、すんなりと伸びた足の先にまで、滑らかに描かれた線は、巨匠の描く、それのように、鮮やかな均斉のとれた見事さであった。
そして、その白く抜けた額《ひたい》に、軽がると降りかかるウエーヴされた断髪は、まるで海草のように生々《なまなま》しく、うつくしく見えた。
彼女は何んの屈託気《くったくげ》もなく、朗らかに笑っていた。そしてその笑うたびに、色鮮やかに濡れた脣《くちびる》の間から、並びのよい皓歯《こうし》が、夏の陽に、明るく光るのであった。
『じゃ――、泳いでこない?』
『ええ、行きましょう――』
砂を払って立った三人の近代娘は、朗らかに肩を組んで、渚を馳けて行った。その断髪のあたまが、ぷかぷかと跳ねると、やがて、さっとしぶきを上げて、満々とした海に、若鮎のように、飛込んで行った。
※[#「口+息」、311−4]《ほ》っと、鷺太郎は無意味な吐息をもらして、見るともなくあたりへ眼をやると、
『あ――』
彼は、思わず、啣《くわ》えた儘《まま》のストローから口をはなした。
その三人
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