らトテツもない恐ろしい影を写している虚黒な眸《ひとみ》があった……。
 洵吉は、一瞬も、面と向って直視することが出来なかった。
 そして危うく眼を床に落して、息をついた彼は、すぐ次の壁に尨大な脛を発見して、又驚かなければならなかった。それは普通の四五倍もある大きな、毛むくじゃらな脛だけが、天井からぶら下って、風もないのに、その脛の毛がむじむじと縺《もつ》れあっているのだ。
 そして又次には腕だけ、腹だけ、或は耳だけ、乳だけの、ずたずたに切られた巨大な人間の各部分が、薄暗い空間に浮いて、音もなく蠢《うご》めいているのだ。
 そうしてそれらの蠕動《ぜんどう》は、次第に力づいて来ると、夕闇の泌みこんだ部屋の中を乗越えて、寺田の周囲に泳ぎ寄って来るのであった。
 彼は、余りのことに、力の抜けた体を、やっとドアーにもたせかけた。

       二

 もし、その時、水木が、
「もうすぐだ、一寸《ちょっと》、まってくれ……」
 と、次の部屋から声をかけてくれなかったら、寺田は、当然、一目散にこの化物屋敷のような水木の家を、飛出していたに違いない……又、あとから考えてみれば、この時、一目散に遁出《
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