乞うてみた。だが、誰もいないのか、家の中は深閑として、なんの返事もなかった。
 寺田は、暫らく間をおいて、冷えて来た足を小さく動かしながら、もう一度、今度はいくらか力をこめて呼んでみた。そして、耳を澄ましてみると、何処か遠くの方で、
(誰だ――)
 という返事がしたように思えた。洵吉は伸上るように
「僕だよ、寺田、寺田洵吉だ――」
「あ、寺田君か、よく来た。今一寸、手がはなせないから上《あが》っていてくれたまえ――」
 そう返事をしたのは、矢張り遠い声であったが、確かに水木自身の声だった。
 寺田は、穢ない足を気にしながら、不案内の他人の家をうろうろして声のしたらしい部屋のドアーを、ひょいと引いて、覗き込んだ。
(お――)
 寺田は、その瞬間、思わずドキンとして、心臓がグンと激しく咽喉元に押上ったのを感じた。
 無理もない。
 正面の壁には、直径一尺もある大きな眼の玉が、勢一杯に見開らかれて、それが洞穴《ほらあな》のような、ゾッとする冷めたい視線を、彼の全身にあびせかけているのだ。
 そして、白眼に絡まった蜘蛛の巣のような血脈、林立した火箸のような睫毛《まつげ》、又その真中には、何かし
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