底から拾い出すことが出来た。
※[#「口+息」、130−13]《ほっ》としながら、皺を伸してみると、それには(水木舜一郎、東京市杉並区荻窪二ノ四〇〇)と新東京の番地が入って清朝活字で刷られた、小綺麗な名刺だった。
寺田は、もう一遍読みなおすと、すぐ決心をきめて蒼みどろ[#「蒼みどろ」に傍点]の臭《におい》のする藤棚の下を離れ、六区を抜けて、電車通りに急いだ。
そして、幾度か電車を乗換えて、やっと萩窪へついたのはもう空が薄黝《うすぐろ》く褪《あ》せた頃だった。
駅から道順を訊きながら、どんどん奥の方へはいって、小川を渡り、一群の商店街を過ぎると、もう其処は、新しく市内になったとはいえ、ごく疎《まば》らにしか人家がなかった。
寺田洵吉は、フト郷里《くに》の荒果てた畑を偲い出しながらぐんぐん墜落する西日の中に、長い影を引ずって、幾度か道を間違えた末、やっと『水木舜一郎』の表札を発見した時は、冷々《ひえびえ》とした空気の中にも、体中がぽかぽかするのを感じた。
彼は水木の家の北側の屋根が、硝子張りになっているのをゆっくりと見廻すと、幾らかの躊躇と一緒に玄関の戸を押開け含んだ声で案内を
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