ったんで、一人でやっちまったよ」
 そういわれた時、彼は、あの玄関にあった地下足袋のコハゼを思い出した。
 ――それにしても恐ろしいのは、水木の巧妙な話術と、不思議に人を引きつける彼の魅力だ。洵吉の知っているだけでも大分前のことだが、あの踊子の花形である小川鳥子を、たった二日三日口説いて、全裸体の写真を撮らせ、今又この行商の女を巧みに誘上《おびきあ》げて(まさか玄関で殺《や》ったのではないだろう)殺してしまったのだ。
 いや現に、洵吉自身ですら、タッタ一度、二三時間の訪問で、すっかり[#「すっかり」に傍点]水木の捕虜《とりこ》となり、彼の意のままに、奇怪な写真の創造に欣々と、従う一個の傀儡《かいらい》となってしまっているではないか……。
 ぼんやりと彳《たたず》んだ洵吉は、考えるともなく、そんなことを思浮べてみた。けれど、
「さ、寺田君手伝ってくれたまえ……」
 そう耳元でいう水木の声に、ハッと気がつくと、もう今までの考えは、煙のように、どこへともなく揮発して、
「玄関にあんな足袋があると変だから、片づけなきゃいけないね……」
 そんな悪智慧をすら浮べる、彼だったのだ。

      
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