黒いキーと、も一つ、緑色《りょくしょく》に塗られたキーとが、重なりあって、羊羹箱《ようかんばこ》を並べたように艶々《つやつや》と並んでい、見馴れぬせいか、ひどく奇異な感じを与えていた。
 ――私は、先刻《さっき》から、このなんとも批評の仕様もない、狂気染《きちがいじ》みた夢物語に、半ば唖然《あぜん》として、眼ばかりぱちぱちさせていた。
 軈《やが》て、
『どうです、あなたはどう思いますか』
 その男は、覗込《のぞきこ》むように、私の顔を見上げた。
『なるほど……、よくわかりました、しかし、そういってはなん[#「なん」に傍点]ですが、あなたの努力は、結局は無駄じゃないんでしょうか』
『無駄――。駄目だというんですね、ナゼ、なぜですか』
 彼は、眼を光らせて私のそばに膝を寄せて来た。その膝は気のせいか、かすかに顫《ふる》えていた。
『いや、駄目だというのではありません、でも、非常に困難なものだろうと思うんです。流行歌の分析と組立てというのは、大変に面白いのですが、しかし、こういう話があるんですよ、今、日本で切実に求められているのはゴムです、人造ゴムの製法ですよ、それでそれを専門に研究してい
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