すね』
と、私は無意味に合槌《あいづち》を打って、
『で、もう大分作曲されましたか』
『いや、もうそろそろ一年が来ますが、まだ序の口にも達しませんよ』
『へえ、たいしたもんですね、なんですか、シンフォニーですか』
『いやいや、ただの流行歌ですよ――』
思わず唖気《あっけ》にとられた私は、その男の顔を見かえした。
ところが、その男は、至極《しごく》真面目な顔をしていうのであった。
『流行歌です、――流行歌ですが、僕のはありふれた流行歌ではないんです。必ずヒットしなければならぬ、という論理的に割出された曲なんですよ……
流行歌の数《すう》は、実に夥《おびただ》しいものです。しかしその結果、どこかで使われたメロディが、他の歌にちょいちょい出て来ます(これはあなたも既にお気づきでしょうが)それはそうなるべきで、人間の声に限度があり、テンポにも制限があるとすれば、いつかは作曲も、殊に流行歌なんてものはメロディが割に単純なもんだから、じきに種切れになるわけじゃないでしょうか、だから、流行歌のようなものには、他で一度ヒットしたメロディが、屡々《しばしば》、編曲という名で現われたり、或はその一
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