、……その病気については、私も経験がありますよ、私も』
 そういって、その男は、最初の失言を訂正するように、
『あはははは……』
 と笑った。そして、
『その為に、僕もこんな淋しい忘れられた町に来たっていう訳ですよ――』
『ほほう、同病ですか、あなたも……』
 私も彼の軽い口に、すっかり気が溶けて、いつか肩を並べて渚を歩いていた。今日も海風《かいふう》は相当に強く、時々言葉が吹きとばされることがあったが、漸《ようや》く夕焼もうすれ、すすめられる儘《まま》に、太郎岬の上にある、という彼の家を訪れることを決心した。それは、
『僕は医科をやったんですが、今は彼女のために、総《すべ》てを抛《なげう》って手馴れぬ作曲に熱中しているんですよ……』
 といった言葉が、ひどく私の好奇心を唆《そそっ》たからであった。

      二

 その男の家は、太郎岬の上の、ぽつん[#「ぽつん」に傍点]とした一軒家であった。
 其処《そこ》まで登るには、細いザラザラした砂岩を削ってつけられた危なっかしい小径《こみち》を、うねうねと登って行くのであるがしかし、さて登り切って見ると、其処《そこ》からは相模湾が一望の
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