のはやまい[#「やまい」に傍点]なんだよ、そのやまい[#「やまい」に傍点]も、一寸人にはいえん、という奴でね、話によると、東京の医者は顔を知られてるから駄目だというんで、わざわざ埼玉の方の小さい開業医のところへ名を変えて通っている――っていう話だ、人気者も亦《また》つらいね』
 友野は、タバコの煙と一緒に、それだけを排出《はきだ》すと、愉快そうに笑った。
 私はコーヒーをがぶがぶと飲んで、やっと、
『うん、うん』
 と頷《うなず》いた。そして
『……ああいう人気者は蜉蝣《かげろう》だね、だから僅《わず》かな青春のうちに、巨大な羽ばたきをしようと焦慮《あせ》るんだ――ね』
『それで、もう腐ってしまった、というんかい、あははは……』
 だが、私は笑えなかった。
 私の持っていた、幽《かす》かな、ほんとに幽かなロマンチズムも既に悉《ことごと》く壊滅し去ってしまったのだ。
 あの、卑猥《ひわい》な牝豚《めすぶた》のような花子に培《つちか》われた細菌が、春日、木島、そしてネネと、一つずつの物語を残しながら、暴風のように荒して行った痕跡《あと》に、顔を外向《そむ》けずにはいられなかった。
(春日の
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