を叩くものがあった。
『やあ、どうしたい――』
振返って見ると、同級生だった友野《ともの》が、にやにやしながら立っていた。
『しばらくだったなァ、勤めたのかい』
『うん』
友野は、少しばかり反身《そりみ》になって、胸のバッチを示した。そこには帝国新聞の社章が、霧に濡れて、鈍く、私の無為徒食《むいとしょく》を嗤《あざわら》うようにくっついていた。
『君は』
『……病気をしちゃってね、やっと今、海岸を引上げて来たんだ……ふっふっふっ』
『そりゃいけない、少し痩せたかな……』
『そうかしら……お茶でも飲もうか……仕事は何をやってんだい』
『学芸部さ……でもなかなか忙しいぜ』
友野は、忙しいというのを誇るようにいった。そして、駅前の喫茶店に這入《はい》って、さて、コーヒーを注文してから、
『東洋劇場は何をやっているんだ、今――』
『ええと……』
友野は一寸眼を俯《ふ》せると、すぐすらすらと出し物をいった。しかし、その中にはネネの名はなかった。
『秋本ネネ……というのはどうしたね』
私は恐る恐る、それでも、思わず胸をときめかせ乍ら訊いた。
『ああ、あれはね……、変な話があるんだ、という
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