は聞いたが、既に約束したという公演も、疾《と》うに過ぎてしまったのに、更にネネの影も見えぬというのは、一寸《ちょっと》待ち呆けのような気もするが、しかしそれと同時に、心の底にはたまらない皮肉な嗤《わら》いがこみ上って来るのだ。寧《むし》ろ、ネネが春日のところへ来る位なら、一っそ、木島のところにいた方が面白い――。それが私の本心であった。
復讐と同時に、ネネの歓心を購《か》ったと信じ、必ず帰って来ると高言し哄笑した春日の尖った顔が、ざまァ見ろ、とばかり、私の胸の中で快よく罵倒《ばとう》され尽すのだ。
×
――秋もふかまるにつれて、漸《ようや》く繁くなった帰京を促す手紙に、私もいつかその気になって来た。
久しぶりに、あのねっとり[#「ねっとり」に傍点]とした都会の空気を吸ってみたくなった。……それから……ネネの其後《そのご》の消息も尋ねたい……そう思うと、私はすぐに帰京を決心した。
私が、春日にも告げず、帰京したのは、キメの細かい濃密な霧のある日であった。
(もう、こんな気候になったのだ……)
駅のプラットホームを歩きながら、不図《ふと》そう呟いて仰向いた時、ポンと肩
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