口惜《くちおし》くも私は半信半疑の靄《もや》につつまれて来るのであった。――

      六

 既に、ネネと木島とが東京へ帰ってから、三月が経った。
 春日のところへ、ネネが来るのを待っていた訳ではないのだが、あの気まずい別れぎわの春日の揚言《ようげん》と哄笑《こうしょう》とが、私の耳の底に凝着《こびりつ》き、何とはなくぐずぐずしている中《うち》に、もう、明るい陽射しの中を、色鮮やかな赤蜻蛉《あかとんぼ》の群が、ツイツイと庭先の大和垣《やまとがき》の上をかすめるような時候になってしまった。私は、その夏ほど、重くるしい暑さに訶《さいな》まれたことはなかった。来る年々の夏は、なるほど暑いものではあったが、しかし紺碧《こんぺき》の大穹《おおぞら》と、純白な雲の峰と、身軽な生活とから、私の好きな気候であった筈なのだが――。
 春日のところへも、ネネから、一向音沙汰がないらしかった。それは、若《も》し彼をよろこばすような便りでも来れば、あの男には、とても私に話し誇らずにはいられないであろうことからも、容易に想像出来た。
 その中《うち》、人の噂に、花子が又もとの所で商売に出ている、ということ
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