馬鹿野郎!)
 私は大声で、夕暮の、潤んだ灯《ともしび》の這入《はい》った霧の街の中をそう呶鳴《どな》って廻りたかった。
 急に顔色をかえた私に、友野は唖気《あっけ》にとられたらしく、匆々《そうそう》と別れて行った。
 結局、その方が、私も気らくであった。
      ×
 ……何処《どこ》をどう歩いたのか、したたかに酔痴《よいし》れた私は、もう大分夜も更けたのに、それでも、見えぬ磁力に引かれるように、郊外にあるネネの住居《すまい》を捜し求めた。
 軈《やが》て、さんざ番犬共に咆えつかれた揚句、夜眼《よめ》にも瀟洒《しょうしゃ》な文化住宅と、外燈の描くぼんやりした輪の中に「木島」の表札を発見した時は、もうその無意味な仕事の為に、心身ともに、泥のように疲れ果てていた。が、勿論《もちろん》、私はその門を叩《たた》こうとはしなかった。
 そして尚も、飢えた野良犬のように、その垣の低い家の周りを、些細《ささい》な物音をも聴きのがすまいと耳を欹《そばだ》てて、ぐるぐるぐるぐると廻《まわ》っていた。
 さっきから、たった一つの窓が、カーテン越しに、ぼーっと明るんでいるきりだった。おそらくネネはいる
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