ネネは心からの感謝をもって見ている……。
春日は、平然と、寧《むし》ろ、心地よさそうに眼をつぶっている。
そして、そのわずかばかり口元を歪めて笑った顔は、あの最初の邂逅《かいこう》の夜に、私を慄然《ぞっ》とさせたのと同じ、鬼気を含んだ微笑《ほほえみ》であった――。
私はジッと見詰めている中《うち》に、握りしめた掌《て》や脇の下からネトネトとした脂汗が滲出《にじみで》、眼も頭も眩暈《くら》みそうな心の動揺に、どうしてもその部屋を抜出さずにはいられなかった。
ともすれば、眼の前にちらつく、ネネの感謝の瞳《ひとみ》が、たまらなかったのである。
×
木島は、この時宜《じぎ》を得た処置のためか、ぐんぐん恢復して軈《やが》て、東京に帰って行った。
『君、少しひどすぎないかね。君も医者ならあんまりじゃないか――』
二人っきりになった時に、私は春日を詰《なじ》った。
『――なるほど、病気にはなるかも知れんが、しかし命は助かるじゃないか。僕は医者のつとめは十分に果したのだ』
『だが、これは僕だけの想像だが、木島は本当にあの時、輸血を必要としたのだろうか……』
春日は、それを聞く
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