つけて、転がるように磯にまで行ったが、さて、真近に行って声をかけようとした時、又もグッとその声を飲んでしまった。
 其処に、春日がいるのである。
『やあ――』
 私は、わざとゆっくり声をかけた。ネネは素早い視線で私達を認めると、流石《さすが》に、はっ[#「はっ」に傍点]とした心の動揺は隠せなかったらしい。
『…………』
 唯、無言で頷《うなず》いたきりであった。そして又、ちらりと春日の横顔を偸見《ぬすみみ》た。
『怪我はしませんか』
 私が訊いた。
『ええ、あたしは……あら、どうでしょう』
 彼女はいきなり自動車から引出された男のそばに馳《かけ》寄った。そこにぐったり寝て、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》に血の塊りをつけた男は木島三郎であった。私がぐずぐずしている間《ま》に、春日はその木島を抱え起し、脈を診ると、
『まだ大丈夫だ、すぐ手当をすれば受合《うけあ》う……』
『そう、それじゃすぐ病院へ……』
 ――手廻しよく呼ばれて来たタキシーで、木島をはじめ私達四人は、すぐこの町で一番大きい村田医院へかけつけた。
 折よく村田氏は在院していてしばらく春日と何か専門語で
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