して飛んで来た。
『いま、自動車が崖から落ちて怪我人が出たというんで大変な騒ぎで……』
『ほう、東京の人かね』
『そうで……なんでも若い者のいうことでは秋本ネネとかいう女優かなんかだそうでして……』
『ナニ――』
 私は、ガバとはね起きた。
『死んだか――』
 その返事も聞かずに、飛出した。
 太郎岬の下を廻る県道まで一気に馳けつけて見ると、成るほど一台の緑色《りょくしょく》に塗られた新型のクウペが、玩具《おもちゃ》のように二丈ばかりもある岩磯の下に転げ込み、仰向《あおむけ》にひっくりかえって、血かガソリンか、其処らの岩肌には点々と汚点が飛んでい、早くも馳けつけた青年団の連中が、その車の下から、一人の男を引《ひき》ずり出しているところであった。
 その傍《そば》の岩の上には、あの、ネネが、前よりも一層美しくなったように思われるネネが、喪心《そうしん》したように突立って、手を握りしめ、帽子を飛してしまった頭髪《かみのけ》を塩風に靡《なび》かせながら、凝乎《じっ》と、青年団の作業を見守っているのであった。
(ネネは怪我をしていない――)
 私は、「ネネ、ネネ」と大声で呼びたい心をやっと押え
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