物であった。
(ネネの姉妹《きょうだい》?――)
 などという甘いロマンチズムは、かくして虚空の外にケシ飛び、儚《はかな》くも粉砕してしまったのだ。

      五

 日増しにく暖かくなって、藤の花が一つ二つ咲きはじめた日であった。
 あれから、思っただけでも虫酸《むしず》の走る花子のことを考えると、私は絶えて春日を訪れることもなかった。
 海に面した縁先に、寝椅子を持出して、目をつぶった儘《まま》、
(東京へ帰ろうか――)
 などと思われる日であった。
 思えば、なぜ「この日」を其処で迎えてしまったのであろう。その前になぜ東京へ帰って仕舞わなかったのであろう、と悔まれるのであるが、しかし、それも亦《また》、宿命という説明し尽されぬ魔力に、まだ私は囚《とら》われていたのに違いないのだ。
 それは、花子との二重写しに依って、漸《ようや》く薄れて来たネネの面影が、又々生々しく甦って来、私の胸を騒がすような事件が待設《まちもう》けていたのであった。
 午後であった、しかし、まだ午《ひる》を廻って間もない時分だ。裏木戸を蹴飛ばすような騒々しい音と一緒にあの植木屋が大事件だ、というような顔を
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