来たかと思われるこの頃だのに、もうむくむくと肥った青蠅《あおばえ》が、ぶーんと飛立つのが見られ、ひどく不潔な彼の生活が其処に投出されているかのように眺められた。
春日は、ピアノも何もない殺風景な部屋の中に、垢《あか》じみた蒲団を敷っぱなして、独りゴロンと寝そべっていた。近寄って見ると、気のせいか、彼の顔色は土色に褪《あ》せ、カサカサした皮膚が、痛々しくさえ思われた。
『や――』
彼はゆっくり起上って、笑顔を見せた。
『しばらくでしたね、ま、どうぞ――』
『結婚されたそうじゃないですか』
これが、私の訪問の口実であった。
『結婚? いいや今は一緒にいる、っていうだけですよ。こんどの女もネネのように、機会さえあれば僕を踏台にしてゆこうという女ですよ、それはわかっているんだけれど、……』
『今は――』
私は一眼《ひとめ》で見渡せる家の中を、もう一遍見直した。
『いま、町まで買い物に行っていますよ』
『ばかに顔色が悪いようですが、何か――』
『これですか』
彼は痩《や》せた手で顔を撫でると、
『病気のせいでしょう……ジフィリスになってしまったんですよ、ふふふふ』
『それは――』
私
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