と交《かよ》っているという噂《うわさ》を聞いた。
そして、その男は其処《そこ》の花子という若い私娼に夢中になって「ねんね、ねんね」などと子供のように可愛がるのだそうだ、という話を、この話題に乏しい町の噂が伝えて来たのであった。
私にはその「ねんね」は「ネネ」の誤りであろうことは、すぐ想像出来たが、それと同時に、彼がネネと呼んで愛撫するという女性に、ひどく興味を覚えて来た。
(ほんとにネネのような女であろうか)
それとも、
(その女が、偶然、ネネの姉妹であったとしたら……)
あの、春日との偶然な宿命的な邂逅を思うと、そんなロマンチックな好奇心が、ついに抑えきれなくなってしまった私は、町の顔見知りを恐れて、バスにも乗らず、わざわざ歩いてその私娼窟へ行って見たのだ。
其処《そこ》は、町すみの一|廓《かく》ではあったが、しかし全然別世界のように感じられた。というのは、露地のように細い路《みち》が軒下を縦横に通じ、歩く度に、ばたんばたんとドブ板が撥返《はねかえ》って、すえ[#「すえ」に傍点]たような、一種異様な臭気が、何かしら、胸に沁みいるようにあたりに罩《こも》っていたからであった。
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