れたものだったのか、と頷《うなず》かれた。
尤《もっと》も、私は遂に、その薬には手をつけず、アダリンの売薬を買って済まして仕舞ったのだが……。
四
翌日。私は昨夜借りて帰った懐中電燈を返すのを口実に、春日の家へ行って見た。
行ったのは、もうお午《ひる》をまわっていたが、勝手口のところには、疾《と》うに冷め切った味噌汁《おみおつけ》を入れた琺瑯《ほうろう》の壜《びん》と一緒に、朝食と昼食の二食分が、手もつけられずに置かれてあるのを見、
(留守かな――)
とも思ったが、案外、彼はすぐ声に応じて出て来た。
『ゆうべは失礼しました』
『いや、僕こそ、……どうぞ上って下さい』
私は、何気なく上ろうとして、一眼《ひとめ》で見渡せるこの家の中の、余りの乱雑さに、思わず足が止ってしまった。
その、二間だけの座敷全体には、ずたずたに引裂かれた楽譜や五線紙が、暴風雨《あらし》の跡のように撒《ま》きちらかされ、そればかりではなく、あの高価らしい漆黒《しっこく》のピアノまでが、真ン中から鉈《なた》でも打込んだように、二つにへし[#「へし」に傍点]折れているのであった。
春日は、眩
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