、宿命なのかも知れぬ、とすら思われた。
 ――然し、その男は、思ったより落著いた口調で、
『や、どうも遅くまで引止めてしまって、却《かえ》って済みませんでしたね、もうお休みですか――』
 と、ゆっくりいって、淋しく笑った。
『いや――、どうも近頃少しも寝られなくて閉口しているんですよ』
 私も、さり気なく答えて、又タバコを咥《くわ》えた。
『そうですか、それは困りますね、こういう薬があるんですが、飲んでみませんか、よく利きますよ』
 そういうと、その男は、机の抽斗《ひきだし》から名刺を出して、その裏に、すらすらと処方を書いてくれた。受取って表《おも》てをかえして見ると、そこには「医師、春日行彦《かすがゆきひこ》」とあった。
 私は彼から懐中電燈を借りると、危なっかしい小径《こみち》を分けて、町へ帰って来ながら、まだ起きていた一軒の薬局へ寄って、
『この薬をくれたまえ――』
 といってから、
『この薬の中には毒になるようなものはないね』
 と確《たしか》め、
『ございません、神経衰弱の薬として、立派な処方と思います』
 そういった薬剤師の言葉に、あのゾッとするような顔は、ネネ一人に向けら
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