コをつけると、スパスパと咽喉《のど》を鳴らして吸った。
『そうですか、ネネは、ネネはもう僕を忘れてしまったのですね……僕はネネの為に、囚人のような生活を苦しみつづけて来たのだけれど、ネネはそれを待っていてはくれなかったのだ、
 同じ女を愛し、そして、その女から飛去られた二人が、偶然に邂《めぐ》り合うとは……』
 其処《そこ》で二人は、無意味に、
『ふふふふ……』
 と笑合《わらいあ》ったが、それもすぐに杜絶《とだ》えてしまった。
 深閑とした部屋の中に、天井から蜘蛛《くも》のようにぶら下った電球《たま》の下で、この哀れな二人の男は、不自然に向き合った儘《まま》黙々として畳の目を睨《にら》み、タバコをふかしていた。
 それぞれの胸の中には、あのネネの姿体《したい》が様々なかたちで浮《うか》び出《いで》、流れ去っていた。
 が、そればかりではなく、私はこの偶然な邂逅《かいこう》という宿命的な出来事に、ひどく搏《う》たれてしまったのだ。そして、この寂しい部屋の中にまで響いて来る風の音、潮のさわぎまでが何かしら宿命的な韻律をもって結ばれているのではないか、と疑われて来るのであった。夜の更けたせ
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