思って愛しました。しかし、彼女は、私が仕得《しえ》られるだけのことをして、どうにか世の中に出したかと思うと、すぐ次へ移って行ったんです、あの大劇場の支配人だという木島のところへ――。あの男の地位は、ネネにとって大変役立つことに違いありません、だから、ネネにとっては、私などよりも、ずっとずっと強い吸引力を持つその地位に引かれて行ったのも、考えてみれば無理からぬことなのですけど、でも、お羞《はず》かしいことには、とり残された私は、神経衰弱になってしまったというわけなんです――』
 思わず饒舌《じょうぜつ》に、さも悟ったかのように、そういった私は、ここで笑って見せねばならぬ、と知ったが、わずかに片頬《かたほほ》が痙攣《けいれん》したように歪《ゆが》んだきりであった。
『そうですか――』
 しばらく経って、その男は重たげに顔を上げた。その額《ひたい》には、この世のものとも思われぬ、激しい苦悩のたて皺《じわ》が刻込《きざみこ》まれ、強いて怺《こら》える息使いと一緒に、眼尻から顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》にかけての薄い皮膚がぴくぴくと顫《ふる》え、突然気がついたようにタバ
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