つぶや》いた。

      三

『何を驚かれたのです、あなたは、ネネをご存知なのですか……』
 その哀れな男は、不安そうに眉《まゆ》を寄せると、じっ[#「じっ」に傍点]と私の顔を覗込《のぞきこ》んだ。
『………』
 しばらく躊躇《ためら》ったけれど、本当のことをいってしまう以外に、私の驚きの意味を、この男に呑込ませることは出来まいと思った。
『驚きました、驚きましたよ、そのネネという女に、この私も恋をしたのです』
『え、ネネに――。で、どうでした。ネネはあなたに何んといいました?』
『ふっふふふ……私が、こんな淋しい町に一人ぽっちで神経衰弱を養いに来ていることで十分おわかりでしょう』
『そうですか、あなたは失恋したのですね、お気の毒ですが――。でも、悪く思わないで下さい。ネネには僕と前からの約束があったんですから……』
 男は、かすかに現われた安堵の表情を、強いて隠すように嗄《か》すれた小声でいった。
 だが、私は眼をつぶって、
『いや、ネネは結婚したんです――』
『えッ』
 その男の驚きの声が、いきなり私の眼をつぶった耳元でした。それはハッハッというような、激しい呼吸の音と一緒で
前へ 次へ
全38ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング