迎えんとするならば、じゃね、大いに恋流を流し、そっぽ[#「そっぽ」に傍点]を向かず、しかも彼女との距離をグンと縮めろ――ということにありますナ……」
老人は、まるで青年のような口調でそういうと、自分で自分の説に、こっくりと一つ頷いた。
「なるほど、面白いですナ」
知らず知らず釣りこまれて聞いていた私は、思わず相槌を打ち、それと同時に、自分が話にばかり気をとられていて、このバーに来てから、まだ何も注文していなかったのに気づいた。そしてあたりを見廻して見た。しかしこのバーは、二人をのこして森閑として静まりかえっているのであった。そういえば、先刻《さっき》から話しこんでいるのに、一向注文を聞きに来ようとする気配もなかったようである。
私が、困惑した眼で見廻しているのに気づいた老人は
「あ、そうそう、なんか取りますか、注文だったらそのボタンを押すんですよ」
と、テーブルの端についている小さい押釦《おしぼたん》を指さした。いわれて見ると、どのテーブルにもそんな押釦がつけられている。
「妙な仕掛になってますなア……」
私は、半ば唖《あ》ッ気《け》にとられながら、その釦を押した。何処かで、
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