こんなことが出ていますよ」
 私は、怒りに震えている老人から眼をそらして、手帳の中の一部を読みはじめた。
「だいたい一年間というのは、正確には三六五日と二四二一九八七九です、この端数のために四年目毎に一日の閏《うるう》を入れたんですが、それでは実際には四百年間に三日だけ閏年を入れ過ぎることになるんです。これがユリウス暦の欠点なのですが、これを使っていたため似[#「ため似」はママ]一五八二年の春分には十日間の食違いが出来てしまった。それで驚いた当時のローマ法皇グレゴリオ十三世が法令を出して、一五八二年の一月四日の次の日を一月十五日と定め、爾後現行のグレゴリオ暦を用いることになった――とありますよ。つまり、この画にかかれてある一五八二年一月十日という日附は、この世界になかった筈なんです。それが麗々しく書かれてあるところを見ると、これは当時の人間ではない、こんな一月四日の翌日が一月十五日だ、などという十日間も空白《ブランク》であったことを知らん後世の者の偽作だということが……」
 ここまでいった時、いきなり激しい物音と、それにつづいて起った木美子の『アッ!』という叫び声に私の言葉は打消された
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