程、そこには薄い字ではあったが確かに 1582. 1. 10 と書かれてあった。

     一五八二年の一月

「で、どの位に売りたいのですか」
「そうじゃね、そう大してもいらんが研究費として十万位でどうかの」
「十万――?」
 本物とすれば、それは不当な値段ではないかも知れない。しかし、私にはこの薄暗い部屋の中でありながら、見ればみるほど、次第にこの画が甘くなって来るように思えた。
「一五八二年――とすると……」
 私は、手帳を出して繰《く》って見たが、やがてアッと思うことを発見した。
「鷲尾さん、折角ですが、この画はとてもそんなには売れませんよ」
「そんなには売れん――? どの位じゃ?」
「とても、その千分の一も六ヶ敷いでしょう……」
「バカッ!」
 鷲尾老人は、眼の色をかえた。
「な、なんという……ばかナ……、これが、に、偽物とでもいうのか」
「……残念ながら……、そうです」
「だ、だからいっとるのが解らんのか、ちゃんと日附まで這入っとるのが……」
「だから、その日附があればこそ、偽物だというのですよ」
 老人は、胸のあたりに握りしめた拳を、わなわなと震わせていた。
「ここに、
前へ 次へ
全26ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング