いささか面喰《めんくら》ったかたちであったのだが、
「なアに、研究室といったって、この奥じゃよ、それに、助手としては、あの木美子一人きりじゃからナ、遠慮することはないよ」
 という説明を聞かされて、行って見るだけでも行って見ようか、という気が起って来た。それは老人への好奇心ばかりではなく、あの木美子という美少女が助手である、ということに魅《ひ》かされたのであることが、もっと大きな原因でもあった。
「――そうか、ではすぐ行って見るかの」
 そういうと鷲尾老人は、先きにたってドアーを潜った。年齢《とし》は幾つ位かわからなかったけれど、そんな言葉使いをしたり、こうして先に立って歩いているのを見ると、少くとも六十は越しているらしかった。(木美子というのは十八九に見えるけど、この老人の娘かな……それにしては余り似ていないようだが……)
 などと考えながら、私は従って行った。ドアーの奥には小さい棚があって、洋酒の壜が申訳ばかりに七八本並んでいるきりで、彼女の姿はなかった。とにかくこの棚は、一寸した酒呑みの台所にも劣る心細いバーである。
 私は、急に酔いが覚めるような、肌寒さを襟に感じた。そういえば
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