した「堅い約束」に、唯々諾々《いいだくだく》と応じたのだから――。
 源吉は、常連らしく、何気《なにげ》なさそうな顔をして、松喜亭のドアーを潜《くぐ》ると、昼でも薄暗いボックスの中に、京子のピチピチとくねる四肢を捕えた。
 京子は、ボイルのような、羅衣《うすもの》を着ていた。然《しか》し、その簡単な衣裳は、却って彼女の美に新鮮を与え青色の模様の下に、躍動する雪肌は、深海の海盤車《ひとで》のように、柔《やわら》かであった。
 源吉は、しっとり[#「しっとり」に傍点]とした重みを胸に受け、彼女の血に溢《あふ》れた紅唇《くち》に、吸い寄せられた時、彼の脳の襞《ひだ》の何処《どこ》を捜しても「轢殺の苦」なぞは、まるでなかった。
(罷めようか――)
 と考えた自分は、とんでもない、莫迦野郎《ばかやろう》だ、と思った。
 又、尤《もっと》もらしい顔をして、京子の美を讃嘆する、倉さんや、順平や、その他多くの間抜けた顔が眼に浮ぶ度に、京子を固く抱《いだ》いた腕は、彼女のふくふくした躰が、くびれはしまいかと思われるほど、力を加えられて行った。
 源吉は、限りなく幸福であった。
 だが、この快楽《けらく》
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